2011年04月14日

第56講 目上語Y「―さい、―たい」

日本語

@ こめんくださいまし。
A 何をしていらっしゃいますか。お兄さま。
B 焦らないで、おくなんさいよ。
C 寒いので家に籠もっているのですよ。
D もし、おじさん。急かさないでくださいよ。

うちなあぐち

@ 来(ち)ゃあびらさい(たい)
A 何(ぬう)し歩(あ)っちょおみせえびいが、兄(やっちい)さい(たい)
B 焦(あ)しがちえ、しんそおんなよおさい(たい)
C 寒(ふぃ)いさぬ家籠(やあぐ)まいどぅそおいびいささい(たい)
D さりさり、うんちゅうさい。あぎまあしんそおんなよおさり。

【解説】
 「さい」は目上に対する呼びかけ語で、文末に付ける事によって、話し相手に対する敬語になります。女性は一応、「たい」を使います。この習慣は、元々、首里や那覇に限られていたのですが、芝居言葉等の影響もあって、表面的には「正規」の決まり事であるかのように定着してしまっています。ただ、地方の話者はいまだに男女共、「さい」又は「さり」を使います。
 但し、学習沖縄語では首里・那覇語を中心に教えていますので、地方でも定着してしまった感があります。『沖縄語辞典』には「さらに高い目上には『さり(女性は「たり」)』を使う」との説明があります)が、実際には文頭に使う場合において、「さり」となり、文字通り「呼びかけ言葉」となります。祈願(御願)する際に、言う「さり、ううとうとぅ…」の「さり」は神仏への呼びかけ言葉となります。「さり」「たり」は、恐らく本来は、「さい」「たい」の古風な言い方なのかもしれません。
 主に首里以外で使用される呼びかけ複合語「はいさい(はいたい)」における句末の「さい(たい)」もこの敬語と同じ語です。そして、呼びかけ語としての「はい」は通常は、単独では用いられない事から慣用的に一つの語として扱われてしまっています。また、「はい」に対応する呼びかけ語は首里語では「へえ」であるため、『沖縄語辞典』には「はいさい」・「はいたい」はありません。

例文A 「―し、歩っちゅん」は「―している」の意で、沖縄語独特の慣用的言い回しです。
例文B 「あしがち」は「焦り」、「やきもき」等の意味です。「あしがちすん」で「焦る」、「やきもきする」の意味。
  
【応用問題】
 次の文を「さい」「たい」を使う文に直しなさい。
@ いぇえ、汝(やあ)ん、くまんかい、来(く)わ。
A 仕事(しくち)え、とぅめえたんなあ。
B あんまあ、ゑえしみせえびり(註)。
C あんな成ゆんでぃ、思(うむ)とおいびいたん。
答え:
@ さり、うんじゅん、くまんかいめんそおりさい(たい)
A 仕事え、とぅめえいみそおちゃんなあさい(たい)
B あんまあさい(たり)、ゑえしみせえびりさい(たい)
C あん成ゆんでぃ、思とおいびいたんさい(たい)

日本語意訳:
@もしもし、あなたも、こちらへお越しください。
Aお仕事はお探しになられましたでしょうか。
Bお母様、お休みなさいませ。
Cそうなると、思っていたのでございます。

註:「ゑえしみせえびり」は首里語で日本語の「おやすみ」を沖縄語読みしたものに「みせえびり」(第52講)が付いたものです。

2011年04月02日

第55講 目上語X「―いらっしゃる(もうゆん)」

日本語

@ 晩の宴会には、是非とも、ご参加くださいよ。
A あら、おとうさん、いらっしゃい。どうぞ、中へ。
B 遅くお越しいただいても、よろしいですよ。
C お母さん、隣のお婆さんがいらっしゃっているけど。
D あなたが、いらっしゃってから、お話しましょう。

うちなあぐち

@ 夜(ゆる)ぬ参会(さんくぇえ)んかいや、必(かんな)じ、(い)もうりよお。
A あいなあ、すう、いもうり。とお、中(なあか)んかい。
B ようんなあ、もうちん、良(ゆ)たさいびいんどお。
C あんまあ、隣(とぅない)ぬ婆前(はあめえ)ぬ、もうちょおしが。
D うんじゅが、もうちから、物語小(むぬがたいぐぁあ)さびら。
  
【解説】
 巷では今でもそうですが、元々、「もうゆん」(いらっしゃる)は、目上語としては話し言葉では「めんせえん」等より使用頻度の高い語です。そのためか、「庶民の敬語」と誤解されている面もあります。ユン・チ動詞であり、接続態は「もうち」、否定は「もうらん」となります。いつの間にか(復帰後あたりから?)「いめんそおり」の砕け言葉である「めんそおれえ」が有名になってしまい、教える側も習う側も「めんそおれえ」志向になった感があります。
 「いもうり」は「もうゆん」の丁寧且つ敬意の込められた命令形です。そのため「御(い)もうり」と表記される事があります。但し、「い」は単に語調を整えるものであるという人もいます。「参ゆん」と表記される事もあります。
 面白い事に、「もうゆん」は、他の目上語と組み合わせて、使用される事を嫌います。「もうち呉みそおり」、「もうちうたびみせえびり」、「もうちたぼうり」等は通常ありません。お笑いのネタならともかく…。
 なお、民謡では殆どは、「いもうり」は韻の関係もあってか、「いもり、いまうれ」、「いもうち」は「いもち、いまうり」等と表記される事もあります。例: 思事(うむくとぅ)ぬあてん、よそにかたられめ 押風(うすかじ)と連(ち)れて しぬでいもれ(仲間節)。よそめはかてしのでいもうれ(踊くはでさ節)、前沖縄(めうちな)のあがま来月(たちち)いまうれ(砂持節)、思(うむ)ゆらば里前(さとぅめ)とまいていまうれ(砂持節)、しばき植(ゐ)てうかば しばしばといもり また木植(ぎゐい)てうかばまたもいもり忍(しぬ)ば(浜千鳥節)、月(ちち)ん眺(なが)みゆら東門(あがりじょう)にいもり(東門節)

例文A 「すう(父)」は文脈によっては「おじさん」。「とお」は文脈によって「じゃあ」、「OK」、「それまで」等の意味ですが、ここでは「どうぞ」。「とおあんせえ」は「じゃあねえ」、「とおあんせえ明日やあ」は「じゃあまた明日ね」。
例文C 「あんまあ(母)」は文脈によっては夫から妻への呼びかけ語にもなり、「おばさん」の意味にもなります。
  
【応用問題】
次の文を「もうゆん」を用いて直しなさい。
@ 儲きてぃ、来うよお、里前。
A 大人ないねえ、旅んかい行き。
B あい、今どぅ、ち来ゃんなあ。
C 茶ん、うさがてぃ、めんそおらんなあ。
D 心安々とぅ、忍でぃ、めんそおり。
答え:
@ 儲(もう)きてぃ、いもうりよお、里前(さとぅめえ)(彼氏の事)。
A 大人(うふっちゅ)ないねえ、旅(たび)んかい、いもうり
B あい、今(なま)どぅ、もうちゃんなあ。
C 茶(ちゃあ)ん、うさがてぃ、もうらんなあ。
D 心安々(くくるやしやし)とぅ、忍(しぬ)でぃ、いもうり

日本語意訳:
@儲けておいで、あなた。
A大人になったら、旅にお出でなさい。
Bあら、今がお出ましなの。
Cお茶も頂いてからおでかけなさい。
D安心して、こっそりといらっしゃい。

2011年03月12日

第54講 目上語X「―給・賜う(たぼうゆん)」

日本語

@ 雨を降らして給われ。
A どうか、静かにしてくれ給え。
B お忘れにならないでくれ給え。
C 今年、私どもが作る作物も豊作を給われ。
D 忍ぶ夜は月も、お気遣い給われ。

うちなあぐち

@ 雨降(あみふ)らち、たぼうり
A どうでぃん、静(しじ)かあてぃたぼうり
B 忘(わし)りてぃ、たぼうな(たぼうんな)
C 今度(くんどぅ)、我(わ)っ達(たあ)が作(ちゅく)ゆる作物(むじゅくい)ん、万作(まんさく)ゆたぼうれえ。
D 忍(しぬ)ぶ夜(ゆ)や月(ちち)ん、心(くくる)あてぃたぼうり(「新殿様節」より)。

【解説】
 「たぼうゆん」は「呉ゆん(下さる)」より上級の敬語で「給わる」の意味です。否定形は「たぼうらん」、補助連用形(接続態)は、「たぼうち」という一応の形はありますが、話し言葉では接続態は用いません。『沖縄語辞典』には「口語としては命令形のtaboori(下さい)のみを用いる」との説明がありますが、実際は例文B等のように禁止形(第57講)も用います。
 「―してください(給え)」の意味で使う場合は、動詞・助動詞等の接続態に付きますが、独立した動詞でもありますので、当然、例文Cのように、「―ゆたぼうり(―を給われ)」という使い方もします。なお、「たぼうゆん」には「呉ゆん」という意味があるにも拘らず、「呉てぃたぼうり」という使い方もあります。例:咲(さ)ち出(んじ)らはちゅ一枝(ゆだ) 持(む)たち呉(くぃ)てたぼり(仲里節)。それらは「呉れ給え」という意味になります。実際の話し言葉では、「呉ゆん」やその敬語である「呉みせえん」の命令形(呉り、呉れえ、呉みそおり、呉みそおれえ)等に圧されて、その使用は少なくなっているものの、琉歌や民謡等で使う場合は、語数を短くした「たぼり」が好んで用いられています。

例:@里(さとぅ)が行(ゆ)く先(さち)や照(てぃ)らちたぼり(彼氏が行く先を照らし給え)「軍人節」より。A我(わん)や虎(とぅら)でむぬ 羽(はに)ちきてたぼり(私は虎なのであるから、羽を付けてくれ給え。「ヒヤミカチ節」より。Bぬちぬある間(えだ、ゑだ)や思出(うびん)ぢゃちたぼり(命のある間は、思い出し給え)「新里前とよ」より。
また、特に先島の古謡等では受動態の形をした「たぼうられ」という形もあります。意味は同じです。沖縄語には「受動態」形をした敬語の例は多くはありませんが、「医者やらりいん(医者でいらっしゃいます)」や「かなっとおかりよお(達者で居られよ)」等で見受けられます。「たぼうられ(たぼうらり)」を用いる例:とぅかぐ十日越しぬゆあみ夜雨たぼうられ(「祖納嶽節」より)。んかしゆ昔世ばかん神ぬゆ世ばたぼうられ(「くんのはし節」より)。
  
【応用問題】
 次の文を「たぼうゆん」を用いた文にしなさい。
@ くぬ魚買(くぬいゆこ)うてぃ、呉(くぃ)みそおり。
A 親(をぅや)ぬ言(ゆ)しん、良(ゆ)う聴(ち)ち呉(くぃ)みそおれえ。
B 何時(いち)迄(までぃ)ん、我事思(わあくとぅうむ)てぃ、呉(くぃ)りよお。
C わがままぬ昔(んかし)、許(ゆる)ち、うたびみせえびり。
答え:
@ くぬ魚買うてぃたぼうり
A 親ぬ言しん、良う聴ちたぼうり
B 何時迄ん、我事、思てぃたぼうりよお。
C わがままぬ昔、許ちたぼうり

日本語意訳:
@この魚を買って賜れ。
A親の言う事も良くお聞き賜れ。
B何時までも私の事を思って賜れ。
C我侭な過去を許して賜れ。




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