検証3(第三段階)那覇語をモデルとした最大公約数語(標準語)の確立ができるか。

あんしいねえ、次え、最大公約数語(うちなあぐち標準語)確立にちいてぃ吟味しなびら。

うちなあぐちぬ標準語や首里語やんでぃち、あびとをる人んちゃあがめんせえびいん。首里語んでえちゃぬゆうなむんやが。首里人同士やてぃん、うぬ基準や明ちらかああいびらん。首里んかいん士族から平民までぃ階級ぬ分かりやい、語、言いようん違やびいん。平民語や、でえじな那覇語とぅ似ち、首里語ぬちむええなかい「首里語」習あちょをる首里人が他ぬ首里人なかい「ありえ那覇語やあらに」んでぃ言ゃったんでぃぬ話ん聞ちゃるくとぅぬあいびいん。首里人が琉球王朝、琉球文化ぬ成するたみに、うみはまてぃちゃる事お、首里人ぬ誇いやいびいん。我にんうりかあや敬とをいびいん。首里ムニイや首里人同士が大切に受ち継じ行ちゅる事、望どをいびいん。

やしが、うんな事とぅ首里ムニイ、うちなあぐちぬ標準とぅしいびちやみんでぃゆる事とお、また別やいびいん。理由え、幾ちがなあいびいしが、首里ムニイや、最大公約的に見じいねえ、士族的要素ぬ強さぬ、言葉遣えにちいてぃ、くめきてぃ、習あさってぃちゃる習慣が地方んかいやねえらな、地方から見じいねえ、首里ムニイやらわん、いちゃっさきいあぬムニイぬ一ちどぅやいびいる。
 首里ムニイうとおてぃ、ハ行音がてえげえファ行音ぬんかい、サ行音が、シャ行音ぬんかいなたい、また動詞ぬイン活用がユン活用んかい、ムン活用が変則ヌン活用んかいなたいすんとぅかんでえぬ文法ぬ違うゆしえ、まあぬムニイやてぃん、くうてんなあや違とおる事、考えいねえ、あんそおる違いや何んあいびらん。けえてえ糸満語とぅか三和まんぐらぬ文法がる、かわてぃ違とおいびいる。うんな事やか、首里語ぬ「でえじなぬ特徴」や言語的特徴やあらな、士族性ぬ残とおる、上下関係ぬでえじな厳っさる事(例れえ、「をぅうふう」遣えんでえ)どぅやいびいる。「やっちい」んかいや必じ敬語「さい」付きてぃ「やっちいさい」んでぃ言ゃんでえないびいらん。田舎ムニイぬ「まあんかいやが、まあんかいめんせえが」が首里風やれえ「別んかいどぅめんせえるい」とぅか言いように違たいさびいん。「しでぃがふうでえびる」(元お平民ぬ女が使ゆる言葉)や今あ、最上級ぬ礼ぬ言葉とぅさあい使あらっとおんねえそおいびいしが、てえげえぬ人んあちゃあにとぅてえ「にふぇえでえびる」「かふうしやあさい」し、なとおいびいん。

 日本語が「ちちうえ」「ははうえ」残しいゆうさな、聞ちゃる事んねえらん「おとうさん」「おかあさん」ゆ、作らんでえないびらんたん。「あやあ」「たありい」ゆ標準語とぅすぬ事お、時代錯誤どぅやいびいる。
 「うちなあぐちえ難さるむんやしが」んでぃゆる首里方からぬ言い分にちいてえ、那覇系とぅか田舎系人や胸内うとおてえ、「やれえ何やが」んでぃゆるむぬどぅやいびいる。首里方ぬ言い分や、うちなあぐち復興運動にとぅてえ、ようい参考程度ぬ内容どぅやいびいる。あんせえ、首里くうとぅぬ琉球人や何語使てぃちゃるばすやいびいがやあ。あんせえ、田舎ぐちえ、うちなあぐちえ、あらんばすい、んでぃ言ゃりいるばすやいびいん。

なま、うちなあぐちぬ分布や那覇語系(地域ぬかあじ、くうてんなあ違ゆしが)がる多数派やるくとお、知らっとをる事やいびいん。

日本語が京都弁やあらな、東京弁ぬ庶民語モデルとぅし作らてぃちゃんねえし、うちなあぐちぬ標準語が、中南部広くカバーそをる那覇語ゆモデルとぅすぬくとお、でえじな現実的やいびいん。モデルんでぃしえ、完全に那覇語んかい似しゆんでぃゆしとお又、別やいびいん。

最大公約数語確立なたるばあや、他ぬ地域語ぬ語彙ん、うちなあぐちぬ一部とぅさあい使あらんでえならんくとお、当たい前ぬ事やいびいん。地方語んかい残とをる語彙がる、昔からぬ語彙やたいすくとぅ、最大公約数語豊かにすぬ語彙ぬ供給源とぅさあい考えらりいびちいやいびいん。(韓国、朝鮮語うとおてぃん、日本語んでえ外来語排斥さあい、民族語彙掘い起するたみなかい国内各地ぬ方言語彙とぅめえてぃ歩っちゃる歴史ぬあいびいん

日本語うとをてぃん武家言葉が「でえじな、丁寧な言葉とぅし、挨拶文とぅか演説用語」んでえんじ残とおんねえし、士族語ん、うりましする人んちゃあぬはまいようにゆてえ、残いよう(道)ぬあぬ筈やいびいん。

さてぅ、うんじゅお、うちなあぐち、本格的復興普及すぬたみなかい、那覇語(同ぬ那覇語やてぃん、当たい前、いるいるあん)ゆモデルとぅそをる最大公約数語(標準語)ぬ確立が必要やんでぃ思やびいみ。

あんやんでぃ思ゆる人お、吟味続きてぃ、うたびみそり。あね思あんでぃゆる人お、続きてぃん、ひまだありどぅやいびいる。

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検証3(第三段階)那覇語をモデルとした最大公約数語(標準語)の確立ができるか。

では次に、最大公約数語を確立できるかどうか検証してみましょう。

うちなあぐちの標準語は首里語だと主張する人々がいます。首里語とは何か。首里人の間でも基準が明確でありません。首里にも士族から平民まで階級が分かれ、言い回しも異なります。平民語は限りなく那覇語に近く、首里語のつもりで教えている首里人が他の首里人に「あれは那覇語じゃないか」と言われること実際聞いたことがあります。首里人が、琉球王朝時代の首都人として琉球文化の形成に貢献してきたことは首里人の誇りとするところであります。私も時に尊敬の眼差しで見つめています。首里語は首里人を中心に大事に受け継いでいって欲しいと思います。

だが、首里語をうちなあぐちの標準とするかどうかはそれとは別でしょう。理由は幾つかありますが、首里語はやはり最大公約数的にみれば、士族的要素が強く、その言葉遣いを事細かくたしなめられた習慣が地方にはないからであり、地方からみれば、首里語といえども、数多ある地域語のひとつに過ぎません。
 首里語で、ハ行音が主にファ行音に、サ行音が、シャ行音になり、また動詞のイン活用がユン活用に、ムン活用が変則ヌン活用になるとかの文法の違いは、どの地域語でも多少の違いあるうちの一つにすぎません。むしろ糸満語や三和あたりの文法がかなり異なります。それより首里語の「際立った特徴」は言語的特徴なのではなく、士族性の強い、徹底した上下関係を強いる事です(例えば、「をぅうふう」遣いなど)
。「やっちい(兄)」には必ず敬語「さい」を付けて「やっちいさい」と言わねばならず、田舎語の「まあんかいやが、まあんかいめんせえが)」なら首里風では「別んかいどぅめんせえるい」などと、言い回しが変わるだけです。「しでぃがふうでえびる」(元々は平民の女性語)は最近では最上級のお礼の言葉として使われているようですが、一般には「にふぇえでえびる」「かふうしやあさい」などで十分なのです。
 日本語が「ちちうえ」「ははうえ」を残せず、聞きなれない「おとうさん」「おかあさん」を作るしかありませんでしが。「あやあ」「たありい」の使用は標準語とすることは、時代錯誤も甚だしい限りです。
 「うちなあぐちって難しいんだぞ」という首里側の牽制に対しては、那覇系や田舎系人は胸内では、「だったら何んだわけ」というものです。首里牽制は、うちなあぐち復興運動を進める上では、ほんの参考程度の内容に過ぎないのです。それとも、では一体、首里以外の琉球人は何語を使ってきたというのでしょうか。田舎語は、うちなあぐちでないというのかとうことになります。

現在、うちなあぐちの分布は那覇語系(地域ごとに多少の違いは勿論ある)が多数派であることに異論を挟む余地はありません。

日本語が京都弁でもなく、東京弁のしかも庶民語をモデルにしたように、うちなあぐちの標準的な言葉として、中南部の広範囲をカバーする那覇語(同じ那覇語でも勿論、地域差がある)をモデルにすることは極めて現実的です。モデルということは勿論、完全に那覇語だけにするということではありません。

最大公約数語を確立したあかつきには、他の地域語の語彙もうちなあぐちの一部として使用されるべきであることは言うまでもありません。地方語こそ、昔ながらの語彙であったりもするので、最大公約数語を豊かにする語彙の供給源として位置づけられるべきです。(韓国、朝鮮語でも、日本語など外来語を排斥し、民族語彙の掘り起こしのため、国内各地の方言を取り入れてきた歴史があります

日本語においても武家言葉が「より丁寧な言い方」として挨拶文や演説用語に残っているように、琉球の士族語についても、こだわる人々の独力次第で残り方があるでしょう。

さて、あなたは、うちなあぐちを本格的復興普及するために、那覇語をモデルにした、最大公約数語の確立が必要だと思いますか、

そうだと思う方は、進んでください。そう思わない方は、進んでも意味がありません。

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